2018年1月12日金曜日

ブログ10年目。 

ブログ書き始めて今年で10年になります〜👏

一応、何か有益なことをお伝えできたらいいなと思いながら、
結局は思いをつらつら書いているだけのブログですが、
読んでるよ!って声かけてくれる常連さんの方々、
たまに覗きに来てくれる方、ありがとうございます😭

私、もともと書くことが好きで、
書く作業を通じて、”降りてくる感性”みたいなのがあり、
書くことが、自己ヒーリングの手段でありました。

それを、ブログという形で、表現できる場があることは、
そして、それを読んでくれている人がいる、ということは、
本当に幸せなことです。ありがとうございます。

最近は、日本語が鈍ってきていてるのと、
わたしも年々進化しつつ、
その年によって繋がっているチャンネルが微妙に変わってきているので、
10年前みたいに、感じたまま紡ぐことが下手になったなあって思います。
そもそも感じることが変わってきたなあというのが正しいのかな。

10年前のわたしから、今のわたしへ言葉をかけるとしたら、

”なんだか生きることに一生懸命で、真面目になっちゃって、やだねえ。”

と、言ってやりたい気分です。


そして、今のわたしから、10年前のわたしへ言葉をかけるとしたら、

”素敵な感性の持ち主だね♪”

と、褒めてあげたい気分です。

やっぱ年重ねると、固くなっていくねー笑。

過去の自分に励まされる今の自分。

両方の自分が、今この瞬間、同時に存在しているかのようで
なんだか笑っちゃいます。

よくスピ系の世界では言われることだけど、
過去と今と未来は、線で繋がっているのではなくて、
この瞬間も、同時に存在してるのかもねえ。
なんてパラレルワールドに思いを巡らせたり。

タマシイの旅は不思議。





10年前、シャンバラで出会ったBluetech。
この曲聴くと、いきなり別次元にマインドがトリップしてしまう。
浮けるというか、漂えるというか。
わたしにとってのインスピレーションの元。
皆さんも、きっとそれぞれ、”あの瞬間に繋がれる音”ありますよね。
そういう音、たまに聴くと良いですね。

ことしは、ヘッドフォンでBluetechを聴きながら、
10年前の感覚を、ところどころ融合させて、
もう少しゆるりと書いていこうかなと思います。

10年目のブログもどうぞよろしくお願いします♪

2018年1月5日金曜日

Squamishで初詣 -Shannon Falls-

Squamishの神社、(と私が勝手に呼んでいる) Shannon fallsに今年もご挨拶に行ってきました。

Squamishのパワーシンボル、The Chief rockの岩脈を伝った水が流れ落ちるShannon Fall。


この滝には、女龍が宿っているような気がするんだなあ、、、

とかねがね思っていたら、何と!






First Nationの言い伝えでは、Shannon Fallsは非常に神聖な場所で、
Howe Soundに住むと言われている、2つの頭を持つ龍(Say-noth-ka)が、
海と山を行き来する際に、この滝に現れる。と言われているそうだ。

やっぱりぃ〜〜!神社、確定です!






右下の一筋、龍っぽくないですか?!


初詣は、子供と一緒に、自然のスピリットにお話をしにいく時間。


あ、そうだ。昔、シュティカのリーダーに言われた。
神聖な場所に来た時は、頭のてっぺんからもエネルギーが入るように、
帽子を取りなさい。と。
帽子を取って、子供と一緒に、深呼吸〜。


そんな話をして、

自然の神様に、何を感謝する? と聞くと、


”遊ぶ場所をくれてありがとう。” と息子。


同じ質問を娘にすると、彼女は、”お花ー!” と言っていた。






街が急速に発展していることもあって、そっちに気を取られてしまいがちになるけど、

Squamishはエネルギー的にとってもパワフルな場所だと思う。

多種多様な自然の形態もさることながら、

Squamishのシンボル、Stawamus Chiefの持つ強いグランディングパワーはすごい。
ここは、下の方のチャクラが活性化するエネルギーがある。
実際、若くてエネルギッシュで、元気な人が多い。

ちなみにこのエリアでいうと、

WhistlerはSquamishよりも森が濃くて、サードアイが開くようなマジカルな感じがするし、
Pembertonは気圧されそうなほどの雄大な山パワーが、ハートチャクラに染み込む感じがする。(私の勝手な感想デス。)

20代の時は、Whistler/Pembeeに、心と体を育ててもらって、

親になった30代はSquamishの自然に、育てられ、支えられてきたなあって思う。

ことあるたびに、”僕にはWildnessが必要なんだ” と言う息子。

Squamishの自然を遊び場にして育つ子供達、どんな大人になるんだろうな。




今年も良い初詣ででした。

2018年1月4日木曜日

あけましておめでとうございます 2018

始まりました2018年!
スーパームーンに挟まれた年越し、パワフルでしたねえー。

最近、”人生を生きてる”という実感がある。

人生の中で、心の赴くままに、何となく流れに乗れる時と、
しっかり踏ん張って頑張んないといけない時とある。

しっかり踏ん張る時って、リスクもテイクする時でもある。
誰のせいにもできないし、かつ、強い意思が必要な時でもある。
その上、子供という、守るものもある。
だからこそ、この国で何とか、”生きてるんだ!”って実感がある。

去年はたくさん学んだー。
そして大きく成長した!

おかげで迷いがなくなった。
強くなった。





この空のようにスッキリした気分だー


ゴールを追いかけているうちは、ゴールにたどり着くことができない。
でも、違うゴールが見え始めると、今までゴールだと思っていたところに、
いとも簡単にたどり着けてしまう時がある。


そんな感じの1年だった、かもしれない。


起こること、起きたこと、
楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、葛藤したこと
その全部が、自分を成長させてくれてると思うと、感謝でしかない。
まだまだまだまだ たくさん、学ぶんだろうなあと思う。

関わってくださった方ありがとう。

自分自身、5年後がどうなっているのか想像もつかない。
楽しみだわーーー!


今日の夕日の雲海。
下は濃霧だったけど、お日様はいつも必ず、雲を突き抜けて地球を照らしてるのよね。
綺麗だったな。











2017年12月22日金曜日

冬のお散歩 -Squamish Estuary-


寒いからやだなー

という娘に、じゃあ走ろっか。あったかくなるよ

と言って、お散歩に出かけた。

森の中に入ってしまえばいつも通り。

フロストを見つけては騒ぐ娘。
凍ってるかな?靴、濡れるかな?って恐る恐るつま先でつつきながら確認。

凍ってるところはバリバリ踏み散らす。
ガラスを割るような感覚。
なんだか不思議で、なんだか楽しいよね。











これ食べられるんだよねえ、どうやって食べるの?



ローズヒップの実。夏はワイルドローズが美しい。


この水はさあ、全部のまちに繋がってるんだよねえ
日本のおばあちゃんちとかさあ。


川の終わり。海の始まり。








この実食べたの、鳥かなあ、りすかなあ、クマかなあ?





ママ、草が倒れてるは、そこに熊がいたからなんだよ。知ってる?






夏の間、このトレイルには、蜂の巣がたくさんあった。

今日歩いてる最中も、 ここにあった、
あそこにあったと言っては騒ぎ、

ハチ今どうしてるのかなあ?
蜂の巣で寝てるのかなあ?

すると、草むらから音が。

バサバサバサ!

ギャアー、クマだあー!

・・・ いたのは、低空飛行中のサギ。

誰もいないから気を良くしたのか、
大声で歌い出したりして、終始ハイテンションでした。

普段はシャイな彼女が歌を歌いたくなるほど、森が”自由な場所である”こと。

彼女にとって、鳥、りす、ハチ、熊、アライグマ、サーモン、カエルが、
そこらへんにいることは自然なこと。
姿は見えないけど、”いる”と感じられること。

すごく恵まれているなあって、再確認


走ったおかげで体は温まったー。
心も暖まったー。


冬だなあ。

Merry Christmas to you all !!



家に帰って編み物の準備。
学校で編み物を習い始めたよ。



2017年12月17日日曜日

息子が仲間はずれに?ー母ちゃん探偵始動ー

息子が、”昼休みに仲良しグループの子に「仲間に入れて!」といったら、
みんなに唾をかけられた”といって落ち込んで帰ってきた。

どうやら、”太陽が来たら唾をかけよう”と計画した男の子が2人いて、
他の子はその子たちに従ったとのことだった。

これ以前にも、昼休みに仲良しグループの子が仲間に入れてくれないんだ、と悲しそうに話すことが度々あって、気になっていたところの出来事だった。
その2人の男の子もそのお母さんも私も知っているし、お母さん達に至ってはスーパーいい人達なので、”ふーむ?”という気持ちだった。

見守る?それとも先生に言う?

正直なところ、
唾かけるとかありえないんだけど(怒)
という自分と、

なんか理由があるのかも。見守った方がいいよねえ。
という自分との葛藤。

まあでも、褒められる態度ではないので、一応先生に報告した。
太陽も先生に報告したようだった。

先生は真剣に取り合ってくれて、例の子達2人に話しました、と息巻いて話してくれた。
それはそれで、太陽が不利な立場になったら大変だと思ったりする複雑な母心。

そんな翌日、そして昨日と、ポップコーンデーだとか、クリスマスフェアだとかの学校のボランティアが立て続き、疑惑の昼休みを観察する機会ができた。

目を光らせながら校庭を練り歩き、
我が子が仲間はずれにされていないか偵察に出た。

すると、例の男の子達が2人で遊んでいるのが目に入った。
他の子はおらず、2人だけで遊んでいる様子。
私を見ると、恥ずかしそうに手を振って挨拶してくれた。
おぅ、可愛いじゃないか。
なんか拍子抜け。

いやいや、先生に注意されたところに私が来たもんで、ビビっているに違いない。
と、大人らしくない思考を巡らせつつも、笑顔で挨拶を返す。

その周辺に太陽は見つからず、校庭をぐるっと1周する。
すると、追いかけっこの途中なのか、森の端っこで逃げ回っているところに遭遇した。

楽しそうじゃん。

聞くと、6年生の子と遊んでいるらしい。
”よく仲間に入れてくれたね?”と聞くと、
”僕は足が速いから鬼ごっこの仲間に入れてもらえた。”とのこと。

その周りで、仲良しグループの他の子達が、ブラブラ遊んでいる。
その子たちも私に気づくと、はにかみながら手を振ってくれる。
おおぅ、可愛いじゃないか。
またしても、拍子抜け。

”仲間に入れてといったら、唾を吐かれた”

という言葉の羅列は、いじめを連想させるだけのインパクトはある。
親を複雑な気もちにさせるだけのインパクトはある。

だけど、実際、昼休みを観察していると、
子供達それぞれテキトーに遊んでいる、平和な昼休みという印象だった。

先生曰く、問題の2人の子は、”ただ面白いかなと思ってやった”と言ってるそうだ。
偵察の結果、私的にも、その理由以上でも以下でもないように感じた。
聞くと、その子達はいつも2人でシークレットごっこをしているらしい。
いいか悪いかは別として、それだけ仲が良いとも言える。

太陽は運動してれば幸せというタイプなので、
合わないっちゃー合わない。そして、それは仕方ない。

ふーーーーむ。

ボランティアに扮する、母ちゃん探偵の捜査報告としては、

”誰とでも遊ぶ”という人間関係から、
”特定の子と遊びたい”に変わっていっている。
その過程で、合わない子が出てきた。
それは仕方ないこと。
小さな学校なので、大人の頭の中で作り上げられるほど陰湿ではないし、
いじめとか仲間はずれというほどでもない。

百聞は一見にしかずだな。

ということに落ち着いた。

子供って、低学年でも、意外と複雑。なんていう話も聞くので、
どんなもんかと思っていたけど、
ボランティア活動をしていて、概ね感じたのは、
子供達、まだみんな幼くて、可愛い、ということ。

たまたま、夫のレストランが、お寿司ランチを提供する日だったこともあって、
子供たちが ”スシがきたー!わーい!”と騒いでいるのを見ると可愛くてほっこりする。
おばちゃん頑張るよっ!と目尻が落っこちてしまうオマケ付き♡

結局、今回のことは、
息子が気持ちを報告してくれたこと。
それが一番価値のあることだったように感じる。

本人も、気にしないし、他の人と遊ぶからいい。
ということで気持ちが落ち着いたようだ。

また彼が、何か報告してくれた時には、言葉じりに過剰に反応せず、
気持ちに寄り添ってアドバイスをしよう。

平常心、平常心。

”見守る”ステージの扉を開いたばかりの、母ちゃん8年生。
これから、こういうこともっともっとあるんだろうなあ。
どーんと構えてないと、だな!

以上、母ちゃん探偵の捜査報告でした。

2017年12月13日水曜日

バウンダリーを教える。

北米は”個”を大事にすると言われている。
特にカナダは、様々な文化背景が入り混じっているので、
ライフスタイルや見た目が自分と違うからといって、
からかったり否定したりするのはタブーとされている。

そして、カナダで子育てをしていてよく感じるのは、
親が子供に、”バウンダリーの大事さ”を教えていること。

バウンダリーといっても、自分と外との境にきっちり線を引きなさい、ということではない。

バウンダリーというのは、
人それぞれ、目に見えないエネルギーフィールドのように、
自分と外の世界を区別する境界線があって、
バウンダリーがわかると、
自分の好きな感覚、嫌な感覚、人との快適な距離感がわかるようになる。というもの。
それがわかると、自分自身を理解することができ、自己肯定感や自信も育つ。

子供はよくケンカをするけれど、そういう時も、
お父さん、お母さん、兄弟姉妹、友達、みんなそれぞれバウンダリーがあるから、
そのなかにグイグイ入って近づきすぎたら、嫌がられるし、
逆に、誰かが近づきすぎて、居心地がよくなかったら、"No"って言ってもいいんだよ。
だから、人それぞれのバウンダリーをリスペクトしようね、というように。

実際、学校の先生や親が”Please respect her boundary" とか、
"Boundary is important for her" "Give him own space"って言うのも耳にする。

私が日本で育った時には、こういう感覚は全くなくて、
むしろ、日本は自分の気持ちを置いてでも、”いいよいいよ、と人に譲る文化”だったと記憶している。

今も言われているのかどうかわからないけれど、
北米は”Noをはっきり言う文化”という印象があるかもしれない。

でも、私の知る限りBC州の人たちは、あんまりNoと言わない。
割と譲り合うし、言いにくいことは遠回しに言うし、気を使う感覚は日本人のそれと変わらない。
人やコミュニティーに対する優しさ、広さと深さも、変わりない。(もちろん人によるよ!)

ただ、必要な時はNoと言ってもいい。
自分の気持ちを大事にしても良い。
人がどのような道を選んでも、それはその人の人生。
あなたと私は違う人間、違うことを受け入れる。

その上で、私はあなたをリスペクトするし、あなたにも私をリスペクトしてほしい。

という価値観はしっかりある。
それが、"At your own risk"とか"Cross line"という言葉の正体。

そして、私はこの考え方が好きだ。

人間も動物も、みんなそれぞれバウンダリーを持っている。
目に見えないだけで、自然なこと。
だからバウンダリーも、心や愛と同じくらい大事だなあって思う。

もしかしたら、これが、
個人主義と言われる元になっているのかなあと思ったりもするけれど、
私が育った頃の日本は、
自己犠牲の上に成り立つ優しさが多かった気がするから、
一度この概念がしっくりくると、
そんな我慢してまで、無理することないんだよーー って思う。
バウンダリーの感覚が育つと、人間関係もシンプルになってくるよ。

さて、私もカナダ暮らしが15年近くになってきたので、
見た目と言葉は日本人でも、考え方が半分カナディアン化していることは否めない。

春に日本に帰りますが、半分カナディアンだと思って接してくださいね笑。







2017年12月6日水曜日

闇の中で光るために 

最近、Netflixにはまっている。

62話もあるドラマBreaking Bad を見て、いくつかのドキュメンタリーを見た。

色々見まくって、辿り着いた感想が 

  ”ほんと、世の中腐ってるな”  

だった。

いやいや、わかってるって?
そうなんですよ、わかってる。

わかってるけど、
わかっているからこそ、光の部分を探していきたい、その中の光でありたい。
と昔も今も思っている。

けどね、、、。

例えばCowspiracy(ConspiracyとCowを掛け合わせた造語)のお話。
これは、温暖化と環境汚染の1番の原因は家畜業(牛)であるというドキュメンタリー。


ドキュメンタリーの内容をかいつまんで言うと、
家畜業は、1ガロンのミルクを生産するのに、1000ガロンもの水を必要とするほどの
巨大なエネルギー消費の原因である。
しかも、水だけではなく、牛が排出するメタンだとか、
餌用のファームと牛用のファーム確保のための森林伐採こそが、
温暖化と気候変動の1番の原因になっていることがわかって来た.
なのに、なぜか政府も環境団体もそのことには一切触れない。

その代わり政府は、芝生の水やりや、歯磨き中の節水を推奨したり、
車に乗るのを控えるよう勧めたりと、
人間のライフスタイルにこそ、温暖化の原因があるようかに人々を洗脳する。

という感じで、話はミステリー風に進んでいく。

だけど、ドキュメンタリーが深部に進むにつれ、
これ以上このテーマに踏み込んだら、この人殺されるのかも。と感じさせる闇が広がっていることに気づく。

結局、フィルマーも、それ以上踏み込めず、
結論として”皆がビーガンになれば全て解決”というのが話の落としどころになっている。
確かにそれは一理あるとしても、うーーーん。なんだか腑に落ちない。

とりあえず、このドキュメンタリーを見てて、理解したのは、
家畜業は、世の中にある”深入りすると戻れなくなる闇" の一つだということ。

また、アメリカのドラマ賞総ナメのBreaking Badは、
真面目だった化学の先生が、ひょんなことからクリスタルメス製造で才能を開化し、
それで副収入を得ていくうちに、
ドラッグ産業の超ダークな世界に巻き込まれて戻れなくなっていくという話。

北米に暮らしていると、こういうドラック関連の世界、
ドラックディーラーの世界、実際あるんだろうなあ、
というリアルさといったら、見てて鳥肌がたつ。

ヘビー系の話が続いてすいません。

ふう。一息。

子供が生まれてからの8年間、
眩しいほどのピュアな人達とともに生活してきてるので、
この秋まで、ダークな要素のあるものは全く受け付けられなかった。
こういう闇が、私の子供が生きていく未来にあるのか、、、と思うと、
私のメンタルが耐えられなかった。

この手のダークな話を見ていると、救いようがない気持ちになって落ち込む。
どんなに私が、良い未来を描きたいと思っても、

子供が生きていく未来のために、できることはなんだろう?と模索しても、

結局自分がしていることって、歯磨きの節水程度の効果しかなくて、
世界は変わらないのに、満たされるのは小さな良心だけ。

何が正しいかなんてぜんぜんわからなくて、
結局のところタイムリミットは刻一刻と迫ってくるのだ。

と思うと、全てが馬鹿馬鹿しくなってくる。

でも。
例えそうだとしても、悪あがきだとしても、
ひとりの大人として、本当に光を探すなら、本当に光でいたいのなら、
時には闇もちゃんとみないとな。
って、思い始めていた。


この間、8歳になる息子と話していた時のこと。
学校で府に落ちないことがあったらしく、

”僕は正しいことをしているのに、我慢しなくちゃいけないんだ。It's not fairだよ"


といった。

そろそろ時期かなあと思って、

 ”・・・どんなに頑張っていいことをしても、世の中は、割と不公平なんだよ”

という話をした。

上っ面の道徳や倫理観だけを述べる母親になりたくないから、
いいことも悪いことも、知りたい。
知って、自分なりに考えた答えを持っていたい。

こういうダークな話を見聞きしていると
諦めの気持ちが湧いてくる。

と同時に、その中にある、
”絶対諦めない”っていう小さな光の存在が、
意外に大きくて、心地よくて、光を信じる原動力になってたりする。

闇が暗ければ暗いほど、光は強くなるのだ。

子供達の未来のためにも、Stay positiveでいるためにも、ねっ。



"僕らが手にしている富は見えないよ 
彼らは奪えないし壊すこともない 
世界はただ妬むばっかり 

もしも彼らが君の何かを盗んだとして 
それはくだらないものだよ 
返して貰うまでもない筈 
何故なら価値は生命に従って付いている"



                           ありあまる富 by 椎名林檎

Based on the documentary films of

CowspiracyのFacebook page The true cost                     (Fast foodならぬ、H&MなどのFast fashionの裏側)
Thrive                               (陰謀系)
ガイアシンフォニー (癒される。)
Heroin(e) (Over Doseが北米1という街で、活動し続ける女性たちには胸が揺さぶられる)