2018年5月20日日曜日

Strawbale で野菜作りの1年後 ーStrawbaleの再利用ー

去年の今頃、Strawbale Gardeningにチャレンジし、それなりに収穫できました。

収穫後も、このStarawの塊をどうするかなーと思いつつ、思いつつ、秋が来て、冬がきて、、、放置。笑

そして初夏が来る頃には、放置されたStrawbaleは形を崩しているものの、分解とまではいかないという微妙な姿に。






そのためか、ブラックベリーやアイビーの格好の住処となってしまい、このままでは庭をブラックベリー達に占領されかねない気配まで出てきたので、重い腰を上げてようやく動くことにしました。

いやはや、ベリー系の生きる力の凄まじいこと!
昔は、除草することと、除草剤を使うことを同意義語だと思っていたのだね。
生きている植物全てに意味があって、刈ってしまうなんてかわいそう。
なんて思ってましたが、それは幻想でした笑
野草のパワー、根っこの力を見くびっちゃいけないね。
奴らも本気だから、こっちも本気!ただ、殺しはしません。刈るだけね。

話が脱線しましたが、ベリー達の侵食を食い止め、乗っ取られていたStrawbaleを耕し、正しいかどうかはわからないけど、肥料を撒いて、水をかけてを繰り返し(去年はその状態で苗を植えた)してみることに。

それをStrawbale Garden跡地の地面に埋めて、その上からトップソイルをかけて畑床としてみました。

手触り的には、私が野菜だったらここで育ちたいと思えるほど、ふかふかで包み込まれるような土壌なんだが、、育つかなーーー、育つよねえーー?
去年はブロック状のStrawbaleで野菜が育ったのだから、理論上は育つはず!







とは思うのだけど、どうなることか、、、。

今年のガーデンの目標はお金を使わない!
ということで、今年もSeed Libraryにお世話になり、レア物のタネをGetしましたー。
去年タネを取りできた野菜があるのでタネを”返却”しに行かないと。








土も種も、なるべくあり物を使って、息長く育てたいなーと思ってます。
(と思うのだけど、お花の誘惑には負けつつある。。)

みなさまも良いガーデニングを!

日本の小学校体験入学 その3

というわけで、小学校の体験入学は無事に終了。

体験入学を通して私もたくさん成長した。


最初は、東京の団地は環境が全然違うから通わせたくないなあとも思っていた。

どこか田舎に家を借りて、そこから体験入学に、、。とかって。

でもね、そんな風に無理して作り上げた環境で得られるのは私の自己満だけだったと思う。

子供に必要なことは、都会でも田舎でもいろんな環境を知ること、じじばばの側で過ごすこと。
どんなところでも、家族が一緒にいて、元気で、愛があればそれでいいのよね。


それを確認するかのように、最終日に校長先生との会話が心に残る。


私が校長先生に、感謝と日本の学校の素敵なところを伝えると、


”うん、それぞれのいいとこどりしていくといいですよね”って。


太陽とルナにも、


”カナダのいいところ、日本のいいところ、いいとこ取りして、素敵な国際人になってね!” って。


すごくいい言葉だと思った。


私たちは批判の世界に慣れ過ぎている。


あれはダメこれはダメって言い過ぎてる。


目の前に素敵なことがあるのに、当たり前すぎていつしか不満に変わっちゃったり。

私自身そういうこと多々あるから、これからは”いいとこ取り”をおまじないがわりに、この気持ちに戻ってきたい。

そうそうカナダで暮らす日系人の子供を見ていると、義務教育が終わった頃から20代初めにアイデンティーを探しに行くのか、日本の大学に行ったり、一人で日本滞在してみたり、日本に興味を持つようだ。

多分、今回の経験は、アイデンティティーの形成に役立ったんじゃないかなー、、、なんて親としては期待したいところだなー。親の欲目かもしれないけど。


先日、お世話になったお礼の手紙を子供達と書いて学校に送った。


色々話しながら、5時になると鳴る、ゆうやけこやけの歌を一緒に思い出した。

それと一緒に、目の前の公園や、小さなスーパーや、子供を乗せて自転車をこぐお母さん。友達とバイバイ!したときのことが、わあーって頭に広がる。


いつかまた会えるといいな。


2018年5月4日金曜日

日本の小学校体験入学 その2

日本の学校生活が始まった。
家から学校までは、車の入れない歩道を歩いて5分のところにある。

学校が始まった翌日から、太陽とルナは2人で学校に行くことになった。

、、、すごい楽なんですけど!!

カナダは、基本的に親が送り迎えするので(徒歩圏内でも)、通学がこんなに楽なんて(涙)!!!


4日目にして、太陽はすっかり学校に慣れて、家に帰るや否やカバンをおいて家の前の公園へ飛んで行き、5時のチャイムで帰ってくる。(団地のいいところは、車の心配がないのと公園がたくさんあることなんです。)

日本の学校の子供はみんな親切でびっくりした。ドッジボール超楽しい!という太陽。

ルナはというと、「学校行くけどおー、なんかやだ。」というモードで、なおかつ担任の先生のことを、”さいとうがさ”と苗字で呼び捨てにするので、ヒヤヒヤする。

給食にも慣れ、クラスの子で気の合う子が出来始め、そしてあっという間に最終日がやって来た。

最終日、ルナを迎えに行くと、1年生全員が、

”バイバイるなちゃん!元気でね!!!”
”カナダに行ってもがんばってね!!”

と校庭中響き渡るほど大きな声で見送ってくれた。
2、3度振り返り、手を振った後、ルナはもう振り返れなくなった。

ルナの顔が緩み、涙がにじんでいた。

多分、こういう気持ちになって涙を流すのは、生まれて初めてだと思う。


その後、太陽を迎えに行くと、お別れ会を開いてくれたようで、体育館からクラスの子にもみくちゃにされながら出てきた。
太陽は、「まだこの学校に通いたい、俺、日本の学校でもいいよ。」と。
まあね、それだけチヤホヤしてもらえたらそりゃあ居心地いいよね。笑
まあこれも、短期間の特権だよ。と母は心の中でつぶやくのだけど。

時は流れ、カナダに帰る日がやってきた。太陽は朝からソワソワソワソワしてた。

もしかしたら最後に友達と遊べるかなあ。
会えるかなあ。

少し時間があったので、いつも遊んでいた公園を見に行くことにした。

しかし、残念ながらそこには誰もいなかった。
仕方ないね、と歩いて帰ろうとしたら、偶然にも向こうからお友達がやってきた!

友達:”あ、太陽くん!”

太陽:”遊べる?”

友達:”うん、遊べるよ。あっちの公園で遊ぶ約束してたとこなんだ。”

11時には帰ってくるように伝えると、お友達とハッピーな足取りで走って行った。

そんな後ろ姿を見て、ああ、体験入学させてよかったなあーと目が細くなる母でした。

日本の小学校体験入学 その1

3年半ぶりの日本。

東京郊外の巨大団地に住む母の家に滞在している間、子供達を近所の学校に通わせられることになった。

前々から学校や市に問い合わせをし、準備を整えてきたものの、
Squamishとは環境が全く異なるし大丈夫かなあと不安でもあった。

でも、そんな不安は、学校登校初日に一掃された。

元気いっぱいな子供達の声、温かく迎えてくれる校長先生や先生方。
昔は校長先生ってもっと威張ってる印象だったけど、こちらの校長先生はとってもフレンドリーで、すれ違う子供達みんなに声をかけて回ってる。
他の職員の方もみなさん声をかけてくれる。
入学式直後の体験入学なんて迷惑だろうなーと思っていたからありがたかった。

登校日が始業式明けの月曜日だっため、全校朝礼で挨拶をするハメになった太陽。
絶対日本の学校には行きたくない!って言っていたルナ。

前日に沖縄から帰ったばかりなので、本当は月曜日は下見&挨拶だけのつもりが、この日からフルで参加することに。

10日間の日本の学校生活が始まった。。。

どうなることやら。

続く

〜参考までに〜
ここの市は、日本国籍のある海外在住者の体験入学の受け入れの経験があるようで、スムースでした。
言われたのが、1週間以上通えること、一時滞在先からの滞在証明を出すこと、滞在先の学区域にある学校にしか通えないこと。でした。

持ち物は、登校日当日に校長先生に相談。
用意したのは、教科書(なくてもいい)とノート数冊、筆記用具、上履き(沖縄で使ったビーチシューズ)、体育着(白いTシャツに短パン)と給食費。

日本の学校ってもっとルールに厳しいかと思ったけど、フレキシブルに対応してくれることにびっくり!

2018年4月11日水曜日

西表島はこんなところだった。

子供達に南国のビーチ、

ー砂浜と青い海と水平線ー 

と、ワイルドジャングル

を見せたくて、西表島までやって来た。

Here we come!!

だーれもいない海ー♪





いやはや、ほーんとに誰もいない!

砂浜もお魚が泳ぐエメラルドグリーンの海も私たちだけしかいない。

名のつくビーチも数組の人たちしかおらず、西表島はまだまだ秘島だなあと実感。


 


島自体も、ハワイやメキシコ、沖縄本島などのビーチリゾートとは違う。
沖縄本島に次いで2番目に大きい島だけど、食事できるところも少ない上、車がないと行けない距離感で点在してる。
島にはいわゆる”スーパー”はなく、昭和時代にあったような商店のみ。

だから、それなりのビーチリゾート感だとか、食事だとか、おもてなしを期待していたら、間違いなくうろたえるだろう。

私たちはビーチリゾートを期待して行ったわけでもなく、
むしろ、西表のジャングル感だとか、開発されていない感じが楽しみだった。
観光客が少ない自然を楽しむことははカナダではそれなりに慣れていると思っていた。

予想通り西表島ではその期待は全く裏切られなかった。

ただ、島が持つ圧倒的な神感と表現したらいいのかな、
その神感は畏怖とも言えるのだけど
その圧倒的な空気で森や海を”冒険”することはできなかった。
トレイルらしき入口はあるのだけど、そこに何のサインもなく、
それでもちょっとだけ進んでみると、
ナタなしでは進めないようなジャングルに行く手を阻まれる。

”文明人お断り”

そんなメッセージが伝わってくる。
そして、私たちも海にも森にも”ビビって”入れない。

そうだ、自然とは温かく、そして、怖いものだった。
圧倒的な自然の前では、人間の無力さを今いちど知らされる。






実際、島の90%は手つかずの原生林。
東と西に小さな港が一つづつ、その周り以外は深い森。
西表島は、神様がいる島。
自然を崇め、感謝する神事もたくさんあるというのも納得。
この島で暮らしている人はすごいわー。
ここの森や海に入っていける人たちはすごい。
自然と共鳴して、共存して、当たり前に感謝の気持ちがないと暮らせない、
森の神様を大切にする、ワイルドな人たちしか住めない島だと思う。

そうそう、西表島では運動会の一等賞がヤギだったりもするらしい。
子供達もスケートボードに乗って、ヤギに引っ張らせて遊んでいた。
島に生息する琉球イノシシはご馳走みたいで、タタキも食べた。
軽トラの荷台いっぱいのパイナップル。
カナダの夜も暗いけど、西表の夜は真っ暗、Page Black、まさに”一寸先は闇”だった。
カナダの満天の星空、西表の満天の星空、
同じように自然が豊かな場所でも、空の暗さと星光の強さが違うんだなあ。
それら全てになんだか感動してしまった。

ここが日本の一部なんてラッキーだなあとつくづく思う。
森はすごいパワーあるし、海はほんっとーに綺麗だから、
このままひっそりと、観光客が押し寄せるなく、森や生き物が守られていきますように。


子供達もエナジーチャージ!!
大きくなった時にきっと思い出してくれる思い出になったと思う。

‥‥ほんとに素晴らしいところなんだけど、、、西表島はゴミの島でもあるのだ。
そんな衝撃的な話はまた今度。



2018年3月12日月曜日

産まれた!

私が結婚する前からの友達。

誰からも好かれてて、

人に合わせることができて、
いつもたくさん与えてくれて、
遊ぶときには欠かせない、数少ない大事な友達。

太陽が生まれた時から、そばにいてくれた。


幼児を抱えて夫婦で乗り切るしかない2人目の出産の時も、彼女は快く、「手伝うからね!」と言ってくれた。

実際、陣痛が始まったら、ウィスラーからすぐに駆けつけてくれて、大泣きして私から離れようとしない太陽の面倒を見てくれた。
へその緒が繋がったままのルナを見たのも彼女ぐらいしかいない。
彼女にとってもそんな産まれたての人間を見たのも初めてだったと思う。

それから、私の怒涛の幼児子育てが始まった。

今まで遊んでいた時とは流れも違って、自分と子供のことでいっぱいいっぱいで、
気も回らず、人として足りてないこともたくさんあったと思う。

でも、そんな私の状況を思い計って、

うちに来た時は、洗濯物を一緒に畳んでくれて、子供を散歩に連れて行ってくれて、ご飯の準備や後片付けの手伝いをしてくれたりした。

お互い話し相手になって、聞いたり、聞いてもらったり。

大事な友達。

そんな彼女が妊娠したと打ち明けてくれたのは、

夏にブラッコムトレイルを一緒に歩いている時だった。

小さくて美しい高山植物が満開で、反対側にブラックタスクが見えて、、、。
たくさんの思い出が詰まった山の上。
感慨深かったなあーーー。

それから10ヶ月、ついに赤ちゃんが産まれた。


自分でも「泣けよ!」って思うほど、ここぞという場面で涙が出ない私だけど、

彼女のお腹に入っていた、小さな小さな赤ちゃんを見た時、この私でも涙が出た。
無事に生まれてよかったあって。

私たち夫婦は、カナダに家族はいない。
だから、いざという時に頼るのは友達しかいない。

他人だった人が、カナダという土地を通して友達になり、

ビザや永住権やらを乗り越えて
この土地で暮らし、5年10年と時を経て紡いだ関係は、
限りなく「家族」に近いと感じる。

だから、余計に、嬉しかったよ。



さて、



なみちゃん


出産本当におめでとう!


これから、幸せなこと、大変なこと、一緒におとずれると思うけど、


どんなことあってもサポートするぜっ!


って、同じようなこと思っているたくさんの顔が浮かぶ笑


そういう風に、たくさんの人に愛されているあなたが、私の大事な友人であることも誇りに思うよ。



あーー、叔母の気分だよ。

誰かの幸せを、自分の幸せに感じられるという、幸せ。
そういう存在でいてくれること。
ありがたい。


数は多くないけど、ありがたいことに、私にはなみちゃんみたいな友人が何人かいる。

こんな風に、誰かと繋がっていけていることは、来世まで持っていける宝物だと思う。
いつも、ありがとうね。

2018年3月5日月曜日

ピアノレッスン

物心がついた頃からピアノを弾いていた。

ピアノを弾いていると無になれた。

初めは何度も練習して指と頭で曲を覚える。
楽譜を見なくても弾けるようになった頃から、
音に心をのせていく。
何も考えないでただただ、心をのせてピアノを弾く。
そういう感覚が好きだった。

実家にあったピアノは、10年以上調律されていないアップライトピアノだった。
全体的に音がずれていて、中でも「ラ」の音が思いっきし狂っていた。
もし過去に戻れるなら、ピアノの調律だけはやるべきだったと心から思うけど、
そんなことに関係なく、ただただピアノに向き合っているのが好きだった。

家がゴタゴタした時も、
友達関係がうまくいかなかった時も、
わたしにはピアノがあった。

ピアノを弾いているときは心を空っぽにして全てをリセットできた。
もしかしたら、1番の友達、だったのかもしれない。

だから、子供ができたとき、楽器を弾くことの楽しさをどうにか伝えたい。
これが、育児でどうしてもやりたいことの一つだった。

ラッキーなことに、ピアノは娘の好みにハマり、
調律しなくても音が狂うことがないデジタルピアノを、
毎日楽しそうに叩いている。よかった。

これは最近の傾向なのか、そういうスタイルなのか、わからないのだけど、
娘が行っているグループピアノレッスンでは、
テクニックを教えるだけじゃなくて
先生が情緒豊かにピアノを弾き、特には歌を歌い、
その周りで子供達が、音の起伏や表現に合わせて踊ったりもしている。

「音には魂があるんだよ。」

と、感覚的に教えてくれているように思う。

この間は、先生が、美しい雰囲気の伴奏を弾き、
子供が伴奏に合わせて、高めの鍵盤を適当に弾くという、Duo演奏をしていた。
どんなキーを叩いても、素敵な曲になるようになっているのだけど、
子供によっては、自信がなさそうに恐る恐る弾く子もいれば、
はっきりと意志を持って、鍵盤を叩く子もいる。

娘の番が来た。
娘は、ただ自由に、伴奏に合わせて鍵盤を弾いているように見えて、
「ゾーン」に入っているみたいだった。

「ゾーン」に入っている彼女のつむぐ音色は、
親バカ目を引いても美しくて、思わず聞きいってしまう。

「音は美しいんだよ。」

聴いている人たち誰もが、感じていたと思う。

娘の演奏が終わったとき、一人の女の子が、

「Wow Luna, you made me cry!」といった。


技術的なことは、大きくなるにつれて覚えればいい。

それよりも、
音が、心に響いていく感覚、
時に体が勝手に揺れてしまうような、揺さぶられるような感覚、
そういうのを小さいうちに養うことができたら、
きっと、これから一生かけて、音を愛する人に育ってくれるような気がする。

いい先生に巡り会えてよかったな。
これからも、ずっと弾いてくれたらいいな!