2008年1月9日水曜日

不自然な果実

高校のお友達、"MIKI"くん(マイミクにいるよ)の詩です。
わたしが通ってた高校は、アーティストな人たちがいっぱい。
みんな高校生にして、表現することを知ってた。
学校のテーマは「自由とは?」だった。
公立だったけど、ほんとに自由で、制服も校則もなかった。好きなだけ個性だせる環境だった。
だからこそ、自由ってなんだろう?って考えさせられた。

そんな時代に出会った人です。

*******************************************************************************************

美しいものしか見たくないと思っている君。
それはけっして悪い事ではない。
美しいものしか見せたくないと思う君。
それはけっして悪い事ではない。

人が人生を歩む上で、美しいものしか手にしていない人などまずいないだろう。
君にもそれはわかっているはず。

林檎の木に美しい実だけを稔らせたい。
枯れ葉や腐った果実は美しくないから摘んでしまおう。
この木には、美しくない実が出来てしまったから、切り倒してしまおう。
体裁にだけ美しさを求めるならこれで充分だろう。
君が求めているのはこの程度のこと?
もっと本質的ではなかったの?
自然の美しさを知っていれば、枯れ葉や腐った果実のない矛盾、
その不自然さに気づくのは雑作もない事。
不自然に実る果実は美しいと言えるだろうか?
不自然に実る果実に何を求めるだろうか?

自然界にある全ての物の中には、レイアウトや配色でしっくりこないものはない。
自然界にある本質的な美しさとは手つかずのもの。

本質的には自然界にある「人」も同じ。

じゃあどうしようか?
まずは、美しくないものも知ろう。美しくないものも見せよう。
そのうえで、愛情をかけていくしかない。
そうしなければ、美しく育っていくことなど不可能だろう。

美しいものしか見せたくない。
美しいものしか見たくない。
ありのままを受け入れて欲しい。
そう望むなら、
ありのままの姿を。

林檎の木には、必ず美しく美味しい果実が実ることを信じてる。
枯れ葉も、腐った果実もやがては肥やしとなるだろう。
この先の未来も、ありのままの君も、
未だ開かれた事無く手つかずなのだから。

人生を賭しても、稔らせたいと願う。

0 件のコメント:

コメントを投稿